二次にはまってて思う事など
2017年11月4日 日常今年に入ってから2次創作にはまって抜けられません。
pixivばかり読んでいます。
本屋さんで買ってきた本は積み上がったままです。
はまった時には数ヶ月で満足すると思ってたのになあ・・・・。
二次について色々思うことがあるので、いつかブログにまとめようと思ってたけど、無理だ。
でも色々考えるのは考えたので、メモ。
同じ事ばっかり書いたり読んだりするのには意味があると思う。
長く漫画を描いてると、同じような話ばっかり描いてていいのかなと思う事があります。
いいんだよ。
私この一年くらいヴィク勇ばっかり読んでるけど、まだ読みたいもの。
白飯食べたい人は、一生白飯食ってて飽きないんだよ。
色々食べたい人は色々食べに行くけど、白飯の需要は圧倒的なんだよ。
何かが当たると似たような作品ばかり出てくるって、批判的な言い方されることもありますが、似たようなのが読みたい人が多いだけの事だと思います。
売れる作品って、過去にあるみんなが好きな定番設定も多いんじゃないかな。
あれが当たった今なら、私もあれと似た設定の企画出してもOK出るかも!って思って便乗して描きたくて描いてる人も多いと思うし。
描きたくないのに無理に描くのは話が違うと思うけど、描きたいなら同じような似たような話ばっかり描いてていいと思う。
だって描きたいんだもん。
同じ趣味の人がいっぱいいたら、同じような似たような話ばっかり描いてても読んでもらえるよ。
それで、同じようで似たようなものを大量に描いてても、その人の個性はでるよ。
だから、好きで描いてるなら、似たような同じようなのばっかりでもいいじゃんって昔から思ってましたが、最近重ねて思うようになりました。
表現の自由は大事だなと思った件。
私は二次で言われてる「地雷」はないと思ってました。
受け攻め反対でもリバでも気にしません。
浮気物や女体化物、モブがメインで出るお話は好みじゃないですが、好みじゃないだけです。
そういうのが好きな人がいるんだなーと思ううくらいでした。
バッドエンドもメリバも、特に好きでもないけど嫌いでもないです。
疲れてる時にはバッドエンドやメリバは読む気にならないかなあ。
ですが、地雷にぶちあたりました。
私は好きなキャラクターが身体欠損されたり、投薬や精神的ショックで知能を失う系がダメみたい。人肉食とスカトロも苦手だなあ。
これっぽい作品だと読まずに避けてます。
まるっきりのオリジナル作品で主人公が酷い目にあっててもさほどショックは受けないけど、二次創作で好きなキャラクターが酷い目にあってると嫌な気持ちになります。
読んで嫌な気分になるけど、たいていは注意書きされてるので、苦手そうなのは読まなければいいだけです。
他人に読める状態まで作品を仕上げるのはそれなりの労力なので、pixivに投稿するからには、書かずにいられなかったんだろうなあ。
多分商業誌では編集さんストップがかかってボツになるであろう読後感の悪いグロテスクな話。
こういう話が性癖だと、書く描く以外で楽しむのは難しいんじゃないだろうか。
他人から受け容れられにくい妄想を持つ人のためにこそ、表現の自由は守られてほしい。
愛する人を切り刻まずにいられないなんて、現実ではほぼ実現不可能だもの。
実現しちゃったら犯罪だもの。
書いて楽しむくらいの自由はあっていいと思う。
二次であるのも重要なんだろうな。
自分が作ったキャラクターではなく、多くの人に愛される既存のキャラクターを傷つける事で満たされるなにかがあるんだろう。
表現の自由は難しいと思った件。
上記のような事を考えた後で別の事も考えました。
好きなキャラクターを二次創作で切り刻まれたりうんこまみれにされたり調理されたりするの辛くて嫌です。
でもそういったものを書きたい衝動がある人には書く自由があるべきだ。
現実にはかなわない妄想こそ、創作の世界で心満たすしかないと思うから。
でもそれが、アニメのキャラクターでなくて、現実の人間だったら?
絵の上手い子供が、性衝動を抱いた同級生を写実的な絵柄で写真と見紛うクオリティでわいせつに描いてしまったら?
描かれた方はたまったもんじゃないですよね。
創作でしか満たされない妄想はある。
でもそれが、現実に存在する人間相手の妄想であったなら、その表現は発表していいのか。
ダメに決まってる。
でも、その線引きはどこですればいいの?
私はなんとなく、アニメや小説のキャラクターなら許されるような気はするけれど、原作の作者からしたら自分の作品のキャラクターでそんなことしないで欲しいって人もいると思う。その場合はどうする?
広く一般に受け入れられ難い性癖を持った人の表現の自由について、考えていますが結論は出ません。
そんなような事をネチネチ考えている今日この頃です。
ここまで書いただけでもう文章書くのが面倒になったのでここらで切り上げます。
こういうのを、もっとちゃんとした文章でもうちょっと掘り下げてブログに書こうと思ってたんだけど、これくらい文章書くだけで私の根性は終わる。
気力と根性はほぼ仕事で使い切ってしまうので、ブログを書くには気力も根性も足りないんだ。
ぜえはあ。
pixivばかり読んでいます。
本屋さんで買ってきた本は積み上がったままです。
はまった時には数ヶ月で満足すると思ってたのになあ・・・・。
二次について色々思うことがあるので、いつかブログにまとめようと思ってたけど、無理だ。
でも色々考えるのは考えたので、メモ。
同じ事ばっかり書いたり読んだりするのには意味があると思う。
長く漫画を描いてると、同じような話ばっかり描いてていいのかなと思う事があります。
いいんだよ。
私この一年くらいヴィク勇ばっかり読んでるけど、まだ読みたいもの。
白飯食べたい人は、一生白飯食ってて飽きないんだよ。
色々食べたい人は色々食べに行くけど、白飯の需要は圧倒的なんだよ。
何かが当たると似たような作品ばかり出てくるって、批判的な言い方されることもありますが、似たようなのが読みたい人が多いだけの事だと思います。
売れる作品って、過去にあるみんなが好きな定番設定も多いんじゃないかな。
あれが当たった今なら、私もあれと似た設定の企画出してもOK出るかも!って思って便乗して描きたくて描いてる人も多いと思うし。
描きたくないのに無理に描くのは話が違うと思うけど、描きたいなら同じような似たような話ばっかり描いてていいと思う。
だって描きたいんだもん。
同じ趣味の人がいっぱいいたら、同じような似たような話ばっかり描いてても読んでもらえるよ。
それで、同じようで似たようなものを大量に描いてても、その人の個性はでるよ。
だから、好きで描いてるなら、似たような同じようなのばっかりでもいいじゃんって昔から思ってましたが、最近重ねて思うようになりました。
表現の自由は大事だなと思った件。
私は二次で言われてる「地雷」はないと思ってました。
受け攻め反対でもリバでも気にしません。
浮気物や女体化物、モブがメインで出るお話は好みじゃないですが、好みじゃないだけです。
そういうのが好きな人がいるんだなーと思ううくらいでした。
バッドエンドもメリバも、特に好きでもないけど嫌いでもないです。
疲れてる時にはバッドエンドやメリバは読む気にならないかなあ。
ですが、地雷にぶちあたりました。
私は好きなキャラクターが身体欠損されたり、投薬や精神的ショックで知能を失う系がダメみたい。人肉食とスカトロも苦手だなあ。
これっぽい作品だと読まずに避けてます。
まるっきりのオリジナル作品で主人公が酷い目にあっててもさほどショックは受けないけど、二次創作で好きなキャラクターが酷い目にあってると嫌な気持ちになります。
読んで嫌な気分になるけど、たいていは注意書きされてるので、苦手そうなのは読まなければいいだけです。
他人に読める状態まで作品を仕上げるのはそれなりの労力なので、pixivに投稿するからには、書かずにいられなかったんだろうなあ。
多分商業誌では編集さんストップがかかってボツになるであろう読後感の悪いグロテスクな話。
こういう話が性癖だと、書く描く以外で楽しむのは難しいんじゃないだろうか。
他人から受け容れられにくい妄想を持つ人のためにこそ、表現の自由は守られてほしい。
愛する人を切り刻まずにいられないなんて、現実ではほぼ実現不可能だもの。
実現しちゃったら犯罪だもの。
書いて楽しむくらいの自由はあっていいと思う。
二次であるのも重要なんだろうな。
自分が作ったキャラクターではなく、多くの人に愛される既存のキャラクターを傷つける事で満たされるなにかがあるんだろう。
表現の自由は難しいと思った件。
上記のような事を考えた後で別の事も考えました。
好きなキャラクターを二次創作で切り刻まれたりうんこまみれにされたり調理されたりするの辛くて嫌です。
でもそういったものを書きたい衝動がある人には書く自由があるべきだ。
現実にはかなわない妄想こそ、創作の世界で心満たすしかないと思うから。
でもそれが、アニメのキャラクターでなくて、現実の人間だったら?
絵の上手い子供が、性衝動を抱いた同級生を写実的な絵柄で写真と見紛うクオリティでわいせつに描いてしまったら?
描かれた方はたまったもんじゃないですよね。
創作でしか満たされない妄想はある。
でもそれが、現実に存在する人間相手の妄想であったなら、その表現は発表していいのか。
ダメに決まってる。
でも、その線引きはどこですればいいの?
私はなんとなく、アニメや小説のキャラクターなら許されるような気はするけれど、原作の作者からしたら自分の作品のキャラクターでそんなことしないで欲しいって人もいると思う。その場合はどうする?
広く一般に受け入れられ難い性癖を持った人の表現の自由について、考えていますが結論は出ません。
そんなような事をネチネチ考えている今日この頃です。
ここまで書いただけでもう文章書くのが面倒になったのでここらで切り上げます。
こういうのを、もっとちゃんとした文章でもうちょっと掘り下げてブログに書こうと思ってたんだけど、これくらい文章書くだけで私の根性は終わる。
気力と根性はほぼ仕事で使い切ってしまうので、ブログを書くには気力も根性も足りないんだ。
ぜえはあ。
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